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モザンビーク(国のなりたち)


10~15世紀,東アフリカ沿岸一帯は季節風に乗って来航するアラブ人により支配されてきたが,15世紀になると航海者バスコ・ダ・ガマの来航に始まるポルトガルによって次第にアラブ人勢力は駆逐された。以来,ポルトガルモザンビーク支配は,1975年に独立するまで500年近く続く。この地域で民族解放運動が始まったのは,第一次大戦後の1920年代といわれるが,本格化したのは60年代からである。しかも,アフリカ分割の2大勢力であった英国とフランス植民地が続々独立する中で,ポルトガルモザンビークアンゴラとともに未解放地域として残された。62年それまで3つあった解放運動を1つにまとめて「モザンビーク解放戦線(FRELIMO)」が結成され,約10年間にわたりゲリラ戦を展開。74年ポルトガル本土の無血クーデターにともなう民主化路線の誕生により,75年6月に正式に独立を勝ち取った。独立後は事実上FRELIMOによる一党独裁で,マシェル政権は一貫して親ソ政策をとったため,反政府勢力の「モザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)」との間で内戦が激化。また,南接する南アフリカ白人政府に対する黒人ゲリラの出撃基地となっていたことから,南アフリカ側は降下部隊を送り込んでゲリラ基地の強襲など越境攻撃も相次いだ。このため,84年3月南アフリカ不可侵条約を締結,南アフリカや西側諸国との関係修復に転じた。




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「世界各国要覧」
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