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小豆坂(中世)


戦国期に見える地名三河国額田【ぬかた】郡のうち乙川下流左岸丘陵地の一角で,藤川方面から羽根・上和田を経て矢作【やはぎ】川を渡る道の途上,羽根東方山中一帯をいう天文11年,同17年に尾張の織田信秀の軍勢と松平氏を支援する今川義元の軍勢が激突し合戦が行われた場所である天文17年3月28日の今川義元判物写は,西郷正守の「今月十九日小豆坂横鑓無比之軍忠」を賞している(御用所本)小豆坂合戦は天文11年説・同16年説・同17年説とあるが,確実な同17年を除けばほかは根拠に乏しい「旧岡崎市史」別巻は天文11年・同17年の2回説を採用し,天文11年8月に「あづき坂」で駿河衆と合戦したとする,「信長公記」などの記述を史実と認めている同17年3月19日の両軍激突は「松平記」「三河物語」をはじめ諸書に詳しい今川義元は家臣朝比奈信置,松井家保,西郷経正らに小豆坂の忠節を推賞した(三川古文書/岡崎市史6ほか)同年合戦の勝負は決しなかったが,織田信秀に味方する松平一族・家臣を駆逐して西三河の領国化を企てる今川氏に好機を与えた永禄6~7年の一向一揆の時にも一揆勢と松平元康(家康)が小豆坂で戦っている(三河物語・参州一向宗乱記など)血洗池・足軽塚・甲谷・千人塚など多くの戦跡伝承を残したが,近年の激しい開発によってほとんど往時の姿を留めなくなった江戸期の羽根村小豆坂一帯にあたる

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KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7354159