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西寺林郷(中世)


 室町期から見える郷名。奈良のうち。大乗院門跡郷(元興寺郷)。東寺林郷と併せて寺林郷と総称されることもある。「寺社雑事記」長禄4年閏9月17日条に「西寺林……以上元興寺」とあり,地口銭賦課のため大乗院門跡が当郷以下の間数改めを実施している。地口銭のほか郷民には門跡から公事夫役も命じられた(経覚私要鈔文安6年正月16日条,寺社雑事記長禄2年10月7日・3年5月4日条など)。室町期の郷住人としては「西寺林番匠」のような職人が見えるほか,郷住人で大乗院門跡領神殿荘の名主職を持つ者もいた。文明19年には住人六丸という者が門跡御童子として見参している(寺社雑事記康正3年8月24日・文正元年7月21日・文明19年4月26日条)。正長元年領内間別銭納帳によれば西寺林の間数27間,西寺林西面の間数13間とあるのは(同前長禄4年閏9月26日条),当郷の繁盛を物語るものであろう。大永5年御領内元興寺領地口銭帳では間数69間,34か所の家地が記されている(内閣大乗院文書)。家地のうち2か所は庵室で,天正10年には「寺林ノ庵」に珍しく多くの筍が生えたという(多聞院日記天正10年正月28日条)。また地口銭帳で「ナヘヤ与三郎アト」と注記のある屋敷地4間は室町期に見える「寺林鍋屋」(経覚私要鈔長禄2年5月18日条)や「寺林鏑(鍋)売大工」(寺社雑事記文明15年12月17日条)の後身であるとみられ,当郷の鍋屋には有徳人として特別課税された者さえいた(同前康正3年2月25日条)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7401421