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「興味のもてない話のときこそ、相手を理解するチャンスなのです」


【名言・格言者】
東山紘久(京都大学名誉教授)

【解説】
 東山紘久(ひがしやまひろひさ)氏は、1942年、大阪府に生まれました。1965年に京都大学を卒業後、1975年に大阪教育大学助教授に、1987年に同大学教授に就任しました。その後、2004年に京都大学理事・副学長に就任しました。臨床心理士としての豊富なカウンセラー経験を生かし、カウンセリングに関する書籍を数多く著しています。
 冒頭の言葉は、「相手の話に興味がもてないときは、思考や考え方など、相手の人間性に興味を持つことが、相手を理解する上で重要である」ということを表しています。
 一般的に、人は話を聞くことよりも話をすることを好みます。これは、話をすることの方が聞くことよりも心理的負担が少ないからです。たとえ「話すのが苦手」という人であっても、リラックスして話ができる環境に置かれると、意外なほどたくさん話をするものです。
 一方、人の話を聞くことには、相手の気持ちを理解しなくてはならないという負担があります。このため、人の話を聞くことは、身体的・精神的な疲労を伴い、場合によっては「気持ちがイライラしてしまって、相手を正しく理解できない」といったケースも起こり得ます。
 東山氏は、カウンセラーとして、1日8時間から、多い時には12時間も相談者の話を聞きます。これほどの長い時間、人の話を聞き続け、なおかつ負担を感じず相手の話を正確に理解するためには、重要なコツがあります。それは、「相手の話の内容に興味をもって聞くのではなく、相手という人間に興味をもって話を聞くこと」です。
 話の内容に興味を持つことは、一見、相手の話に共感しているかのように思われます。しかし、実はこれは共感ではありません。共感とは、相手の気持ちになって話を聞くことです。話の内容に興味を持つことは、自分の感情で聞いているということであり、そこには、自身の主観が入ってしまう可能性があります。
 だからこそ、東山氏は相手の話に興味がもてないときの方が相手を理解しやすいと述べています。東山氏は、例として、子どもがテレビゲームに熱中している時のことを挙げています。このような場合、多くの親は「一体、こんなもののどこが面白いんだ」といった感情を抱きがちです。しかし、実は、これは親自身の価値観を子どもに押し付けていることにほかなりません。子どもはそのような感情を敏感に感じとり、反発して何も話をしてくれないでしょう。
 一方、カウンセラーは、たとえ自身がテレビゲームに興味がなくても、「自身にとっては興味がないテレビゲームに、どうして子どもは熱中するのか」と考えます。そして、実際に子どもに付き合ってテレビゲームをやってみるのです。
 もちろん、カウンセラーは、個々のテレビゲームの内容に興味を持っているわけではなく、「子どもがテレビゲームに夢中になっている」という状況に興味を持っています。このような意識を持って子どもに付き合ってテレビゲームをやってみると、テレビゲームに熱中している状況を子どもの立場で理解することができます。また、子どもは「この人は自分に興味を持ってくれている」ということを感じ取り、さまざまな話をしてくれるでしょう。
 東山氏は次のように述べています。

「われわれは話の内容よりも、相談者がどうしてそのような思いをするのか、どうしてそのような受け取り方、感じ方をするのかに興味があるのです。それは一人一人異なっている人間性の表現です。われわれは毎日、毎日、人間を感じる仕事をしているから飽きないのです」

 ビジネスにおいても、相手との対話によって円滑な意思疎通を図ることは非常に重要です。しかし、時として、自分が興味を持ちにくい話を聞く必要に迫られるケースもあるでしょう。このような時こそ、相手を深く理解するチャンスととらえ、相手という人間に興味を持って相手の話を聞くべきなのです。東山氏の言葉は、コミュニケーションにおける、相手への積極的な歩み寄りの重要性を表すものだといえるでしょう。
【参考文献】
「プロカウンセラーの聞く技術」(東山紘久、創元社、2000年9月)
「カウンセリング初歩」(氏原寛、東山紘久、ミネルヴァ書房、1992年3月)




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「経営のヒントとなる言葉50」
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