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「トライ・アンド・エラーを繰り返すことが、『経験』と『蓄積』になる」


【名言・格言者】
井深大(ソニー株式会社創業者)

【解説】
 井深大(いぶかまさる)氏は、1908年、栃木県に生まれました。1933年に早稲田大学を卒業後、株式会社写真化学研究所、日本光音工業株式会社を経て、太平洋戦争が始まると軍の嘱託として磁気探知機などの開発に携わり、技術将校として海軍に勤務していた盛田昭夫氏と出会うこととなります。戦後は盛田氏と共同で事業を行うことを決め、1946年に設立した東京通信工業株式会社(現ソニー株式会社。以下「ソニー」)の専務に就任し、その後1950年には社長に就任しました。経営者であるとともに優れた技術者であり続け、共同創業者である盛田氏とともに、ソニーを世界的な企業に育て上げました(1997年逝去)。
 冒頭の言葉は、「まず挑戦してみることが重要だ。もし失敗したとしても、そこから何かを得て次に生かせば失敗は無駄にならない」ということを表しています。
 1953年、日本で初めてのテレビ本放送が始まり、1960年にはカラーテレビの本放送が始まりました。当時、カラーテレビにはシャドー・マスク方式という技術が使用されていましたが、井深氏は、クロマトロン方式という新しい技術に着目していました。クロマトロン方式には、シャドー・マスク方式に比べて画面が鮮明であるという利点がありました。それまでにも、日本初のテープレコーダーやトランジスタラジオなど、他社に先んじて画期的な商品を次々に開発・発売してきた井深氏とソニーの技術者たちは、クロマトロン方式のカラーテレビの開発に挑戦することを決めました。
 しかし、実用化は困難を極めました。クロマトロン方式は非常に高度な技術を必要とし、故障の多い点が問題でした。しかも、なんとか発売までこぎつけたものの、製造コストがかさんだため、1台当たりの製造原価は販売価格の2倍以上となり、「売れれば売れるほど損をする」こととなってしまいました。
 このような状況に、井深氏は社長として責任を感じ、一度は他社と同じシャドー・マスク方式への転換に気持ちが揺らぎました。しかし、技術者としての意地がそれを許さず、結局は自身が開発リーダーとなって現場の最前線に立ち、クロマトロン方式に代わる新しい技術を探ることにしました。
 その後、開発チームは研究を重ね、「1本の電子銃で受像管内に3本の電子ビームを走らせること」を考案しました。その後、この新しい電子銃をクロマトロン方式の受像管に入れてみたところ、これまでにないしっかりとした映像が現れました。開発チームはその後さらに研究を重ね、1967年、新しいカラーテレビ「トリニトロン」が誕生しました。トリニトロンは、翌1968年に発売されるやいなや世界的な発明として大きな注目を集めました。そして、1973年には、優れた性能が認められて米国テレビ芸術アカデミーから放送業界のアカデミー賞ともいわれるエミー賞を贈られることとなりました。
 クロマトロン方式の研究によって、ソニーにはカラーテレビの土台が築かれていました。つまり、それまでの失敗があったからこそ、トリニトロンが生まれたのです。
 ソニーは、常に他社に先がけて新しいものをつくってきました。しかしそれ故、ソニーが先鞭をつけた分野に可能性があることが分かると、後から大企業が大きな資本を投じてその分野への参入を図り、ソニーのシェアを奪おうとしました。
 このことを指して、「ソニーは大企業のモルモットである」といわれたことがありました。ソニーは大企業のための実験台的な役割を果たしているとして、実験動物の代表であるモルモットにたとえられたのです。
 この発言に、当初、井深氏は憤慨しましたが、後に次のように述べています。

「ゼロから出発して、産業と成りうるものが、いくらでも転がっているのだ。これはつまり商品化に対するモルモット精神を上手に生かしていけば、いくらでも新しい仕事ができてくるということだ」

 モルモットという言葉は、先駆者という言葉に置き換えることができます。先駆者である以上、挑戦と失敗は避けられません。そして、そこから得られる経験を蓄積していくことこそが、先駆者であり続けるためには必要なのです。
 井深氏の言葉には、挑戦を恐れず、失敗からも粘り強く成果を得ようとする先駆者としての姿勢が強く表されているといえるでしょう。
【参考文献】
井深大語録 天衣無縫の創造家」(井深精神継承研究会(編)、ソニー・マガジンズ、1994年12月)
「ものづくり魂 この原点を忘れた企業は滅びる」(井深大(著)、柳下要司郎(編)、サンマーク出版、2005年9月)
「ソニー自叙伝」(ソニー広報センター(著)、ワック編集部(編)、ワック、1998年3月)




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「経営のヒントとなる言葉50」
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