前方一致 全文(カスタム検索)
Guest Guest
  1. JLogos検索辞書>
  2. 細工とは

「細工」の関連ワード⇒ 又のつとめて 又の年 又の朝 

細工【さい-く】

[名]

[1]手先を働かせて、手の込んだ器具などの細かい物を作るこ...

全文を表示する


[最終更新日:2007-12-11/JLogosid:5083412]
関連項目: 又のつとめて 又の年 又の朝 

全訳古語辞典

"古典の学習に必須の古語辞典決定版。教科書・入試で頻出の作品から用例を選出し、約23,000語を収録。
地名・人名から、和歌・俳句、歌舞伎・浄瑠璃なども幅広く採録。また用語解説のほか、百人一首や古典の主要作品解説も収録している。"

◆関連辞書(JLogos内)

全訳古語辞典 全訳古語辞典 全訳古語辞典 全訳古語辞典 全訳古語辞典 全訳古語辞典 全訳古語辞典 

  1. amazon商品リンク
細工町(近世~近代)

江戸期~現在の町名はじめ1~4丁目,江戸中期からは1~5丁目がある江戸期は熊本城下古町の町人町で,明治12年熊本区,同22年からは熊本市の町名となる坪井川左岸,新町と古町をつなぐ橋の南詰あたりから南南西へ延びる町並みで,北から1~5丁目があり,江戸期から明治初年には細工1~5丁目と称されたただし「肥後国誌」では細工1~4丁目と石塘町となっており,文化11年の肥後国郷村帳(県立図書館蔵文書)では細工1~5丁目となっているもとは職人が居住していたが,天正19年の熊本細工町地割図(下川家文書/県史料中世5)によれば,職人を末町(新町内新細工町)へ移し,その跡,通り60間の東側に8軒,西側に10軒の地割をし,「大坂や・天満や・扇や・あかねや・ちやわんや・なや・堺や・はりまや・ならや・小間ノや・平野や・やハたや」などが居住したのちには海産物卸小売商も露店を並べたという享和元年の御府中小路町々并産物等之名(県立図書館蔵文書)には,細工町の項に市と扱う品を掲げ,「石塘朝市,野菜・菓・柑・熨斗鯣・昆布・荒和布・若和布・麩・菊池苔・清水苔・干物類・鶏卵・晒葛粉等其他品々・脇差の拵・柄・研・人形・雛・甲・絹織・蚕飼・養命酒・雲竜水・土器・亀屋饅頭」などが見える天正年間に山鹿郡片保田村から浄土真宗西光寺が2丁目へ移転し,慶長10年西光寺内に常通寺,また慶長年間に西顕寺・浄影寺・光善寺・専崇寺・明教寺・寂静寺・長善寺が建立されたまた天正年間阿弥陀寺村から熊本城下へ移転した阿弥陀寺は,慶長年間洪水に苦しんで当町の3丁目へ再移転したなお藩は城下町統治のため懸制度をとり,懸の下に各町人町を従属させたが,細工町は1~5丁目のほか,新町の新細工町と高麗門町を加えて細工町懸を構成した明治16年の戸数・人口・民有耕宅地面積は,1丁目59・234・8反4畝余,2丁目60・265・4反9畝余,3丁目63・281・9反3畝余,4丁目81・352・9反7畝余,5丁目32・141・4反2畝余(県公文類纂/県立図書館蔵文書)大正4年の戸数・人口は,1丁目37・216,2丁目68・470,3丁目61・369,4丁目69・347,5丁目30・194昭和45年の世帯数・人口は,1丁目44・153,2丁目29・97,3丁目66・233,4丁目47・142,5丁目38・127

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

細工町【さいくまち】
(近世~近代)江戸期~昭和40年の町名...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

細工町(近世~近代)
江戸期~昭和40年の町名江戸期は広島城下白神組に属す広島城の南,元安川東岸白神通(大手筋)の西に並行する竪町で,北は猿楽町,南は元安橋東詰町名の由来は「知新集」によれば,小細工職人が多数居住していたことによるという毛利氏時代城内の毛利元康邸前から当町に通ずる道があって元康通りと称され,元安橋は古くは元康橋と書いたという元和5年の城下絵図では町間数1町4間寛永2年の家数改では猿楽町と合わせ本家87・借屋182「知新集」では石橋1・町門1,町間数2町余,家数58・竈数58(本竈21・借竈37)・人数243,うち本道医・塗師各2,指物師・筆結・柄巻師・三味線師各1など元安川土手には広島城南西隅の櫓下から細工町にかけて藩の船着場があり,材木蔵・木売所・米蔵が置かれた城下随一の薬店と評された世並屋は町年寄・唐薬種改などを勤め,米屋忠左衛門家は歴代藩の勘定所御用を勤めたまた米の仲買・質貸の長門屋権八家,金銀両替を業とし船年寄役などを勤めた長門屋与三郎家,繰綿商の伊予屋,端物商で唐物改問屋を勤めた山県屋など特権商人が住んだ地内には慶長年間の創立と伝える浄土宗西蓮寺,真宗西向寺がある(知新集)明治4年郵便役所が塩屋町に設立されたが,のち元安橋東詰に移転同8年広島郵便局と改称,同12年には郵便貯金の取扱いも始めた(新修広島市史)同11年広島区,同22年広島市の町名となる明治15年横町・広瀬村の各一部を編入同16年の広島諸商仕入買物案内記には5階建ての料亭五階楼など旅館料理商3,汽船問屋・製本所・薬種商・洋酒・煙草などの商店12が載り,本通り西端を占めるこの界隈のにぎわいが窺える昭和20年8月6日広島に投下された原爆は当町19番地島病院上空約600mで炸裂その瞬間5,000万℃に及ぶ高温を発し,巨大な火球となって町を焦し,爆心地から2,700m余りの円内では一切のものをほとんど焼きつくす未曽有の大惨事となった大正6年の戸数74・人口321,昭和26年の世帯数73・人口314同40年大手町1~5丁目となる...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

細工【さいく】
①【作ること】(工芸)craft[C];(職人技)workmanship[U],craftsmanship[U];(作られた物)work[U]∥紙[竹]細工 a paper [bamboo] craft item / このいすには美しい細工が施されている This chair has ornaments made with beautiful craftsmanship.
*妹が粘土細工で人形を作った My sister worked the clay into a doll.
②【ごまかし】trick[C],《公式的》artifice[C],deception[U][C];(たくらみ)scheme[C]
━━細工する
(だます)deceive(他);(不正に操作する)manipulate(他);(改ざんする)tamper with ‥
[参照]⇒こざいく∥下手な細工は失敗を招く Clumsy schemes will lead to failure. / そのカルテには明らかに細工したあとがあった It was obvious that someone had tampered with the medical records.
[慣用表現]
*細工は流々,仕上げを御覧(ごろう)じろ(→できることは全部やった.あとはただ結果をご覧あれ) I've done everything I can. All we can do now is wait and see....

全文を表示する

出典:東京書籍「アドバンスドフェイバリット和英辞典」

細工町【さいくまち】
(近世~近代)江戸期~昭和37年の町名...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

細工町(近世~近代)
江戸期~昭和37年の町名江戸期は甲府城下上府中(古府中)26町の1町武田氏の時代に造営された町の1つで,甲府築城にともない新城下に組み込まれた甲府城の北,外郭内に位置する東西通りで,東は元城屋町に接し,西は東西通りの広小路と南北通りの畳町・竪町が交差する四つ角となる1~2丁目からなり,町の中央部で南北通りの大工町・元連雀町が交差する町名の由来は,細工職人の居住地であることによる役引7町の1つで,伝馬役・町人足役は免除された戸口は,寛文2年48戸,うち金具師11・鞘師13・研師23・紺屋1(甲州古府中町数家数間数改帳/甲州文庫史料2),寛文10年186人(甲府御用留/甲府略志),貞享4年50戸,うち1丁目24・2丁目26(上下府中間別/同前),享保5年166人(上下町中人数改帳/甲州文庫史料2),宝暦12年160人(甲府町中人別改帳/同前),文化初年48戸・126人,うち男61・女65(国志),天保7年48戸・105人(甲府上下町屋敷数人別改覚/甲州文庫史料2)江戸後期には金具師・鞘師などの役の勤め方はなくなり,明屋敷が増加していた寺院は,日蓮宗池上本門寺の末寺藤光山法華寺があり,寺領18石7斗余明治初年には細工職は皆無で,近村に出作する農民と小商売・日雇・その他の職人がいた明治3年の戸数35,うち家持30・借家5(甲府町方家数人数取調書)同17年上府中組戸長役場の管轄区に入る同22年甲府市に所属同年から同36年まで上府中を冠称町の立地条件から商工業の発展に取り残され,同年の戸数20・人口104と激減したその後,大正9年は世帯数52・人口270,昭和期に入ると住宅街となって急増し,昭和26年には世帯数187・人口761となる同37年武田1~4丁目の一部となる...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

細工保【さいくのほ】
(中世)鎌倉期~戦国期に見える保名...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

細工保【さいくのほ】
(中世)鎌倉期~戦国期に見える保名...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

細工保(中世)
鎌倉期~戦国期に見える保名若狭国遠敷【おにゆう】郡・大飯【おおい】郡のうち細工名とも見える建久6年12月4日の太政官符(吉川半七氏所蔵文書)に「或号細工名田」とあって,当保の前身と思われるものが見える若狭の国衙には番匠・鍛冶・檜物などの細工を行う手工業職人の工房とそれを管轄する役所があり,これを細工所と称したが,この細工所の費用に宛てるために設定された所領が細工保である細工保の初見史料である文永2年3月の遠敷郡東郷と西郷の実検田取帳案に,保の名田と考えられる重光・為清・正安・在利の耕地が記されている(京府東寺百合文書ハ・ニ)文永2年11月の若狭国惣田数帳案によれば,当保の田地26町2反320歩は遠敷郡富田郷・志万郷・西郷・東郷と大飯郡青郷・青保に散在していた(同前ユ)除田分のうちに下司給2町・番匠給5反180歩・鍛冶給7反120歩・檜物給4反が見え,元亨年間頃の朱注に「国領」とあり,下司について「下司御家人木崎七郎大夫跡,同二郎太郎伝領也」とある正安4年にも細工保内の地を木崎三郎太郎が当知行していると見え,在庁官人と推定される木崎氏の支配が続いていた(東寺百合文書リ)南北朝期の貞治5年正月18日に体興寺安信に譲与された地のうちに「さいくのほうの永地下ち」とあり(同前ハ),また,同年9月の太良荘関係文書によれば,太良荘の他領に散在する田畠の一部が当保内にもあったことが知られる(教王護国寺文書)下って,大永8年3月21日に明通寺が武田元光より安堵された地の中に「サイクノ保散田」120歩がある(明通寺文書/小浜市史社寺文書編)...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

細工保(中世)
鎌倉期~戦国期に見える保名若狭国遠敷【おにゆう】郡・大飯【おおい】郡のうち細工名とも見える建久6年12月4日の太政官符(吉川半七氏所蔵文書)に「或号細工名田」とあって,当保の前身と思われるものが見える若狭の国衙には番匠・鍛冶・檜物などの細工を行う手工業職人の工房とそれを管轄する役所があり,これを細工所と称したが,この細工所の費用に宛てるために設定された所領が細工保である細工保の初見史料である文永2年3月の遠敷郡東郷と西郷の実検田取帳案に,保の名田と考えられる重光・為清・正安・在利の耕地が記されている(京府東寺百合文書ハ・ニ)文永2年11月の若狭国惣田数帳案によれば,当保の田地26町2反320歩は遠敷郡富田郷・志万郷・西郷・東郷と大飯郡青郷・青保に散在していた(同前ユ)除田分のうちに下司給2町・番匠給5反180歩・鍛冶給7反120歩・檜物給4反が見え,元亨年間頃の朱注に「国領」とあり,下司について「下司御家人木崎七郎大夫跡,同二郎太郎伝領也」とある正安4年にも細工保内の地を木崎三郎太郎が当知行していると見え,在庁官人と推定される木崎氏の支配が続いていた(東寺百合文書リ)南北朝期の貞治5年正月18日に体興寺安信に譲与された地のうちに「さいくのほうの永地下ち」とあり(同前ハ),また,同年9月の太良荘関係文書によれば,太良荘の他領に散在する田畠の一部が当保内にもあったことが知られる(教王護国寺文書)下って,大永8年3月21日に明通寺が武田元光より安堵された地の中に「サイクノ保散田」120歩がある(明通寺文書/小浜市史社寺文書編)...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

細工町【さいくまち】
(近世~近代)江戸期~昭和47年の町名...

全文を表示する

出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

西暦2024年(平成36年)
529曜日
新着時事用語
リースバック(住宅)の注意点
┗リースバックとは、自宅不動産を事業者に売却して即資金化しつつ

自筆証書遺言書保管制度
┗自筆の遺言書を法務局で保管してくれる制度のこと。2018年に

アポ電詐欺・強盗
┗ 高齢者を狙った詐欺犯罪の手法。オレオレ詐欺の一種とされる場

高輪ゲートウェイ
┗JR東日本が2020年に新設する駅名。田町駅と品川駅の間、東

不用品回収
┗ 部屋の片付けや老前整理・生前整理・遺品整理等で、業者が家庭

所有者不明土地
┗ 永年相続登記(不動産の名義変更)が行われずに、登記簿上で所

遺言控除
┗ 有効な遺言書による相続となった場合、相続税の基礎控除額に上

今日を知る

今日の記念日

『こんにゃくの日、エベレスト登頂記念日』

こんにゃくの種芋の植え付けが5月に行われることから「こん(5)にゃ(2)く(9)」の語呂合わせで全国こんにゃく協同組合連合会が1989(平成元)年に制定しました。こんにゃくは、主成分の食物繊維などがコレステロールの低下に役立つといわれています。

今日の暦

月齢:21

月齢:21
月名(旧歴日):二十日余りの月(はつかあまりのつき)

・2024年(年/竜)
・5月(皐月/May)
・29日
・水
・Wednesday
・先勝

二十四節気:「小満<
・a>」から<
・font>9日「
芒種<
・a>」まで<
・font>7日


JLogos Now!!