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「納」の関連ワード⇒ ワンステップ ワンタッチ ワンダン 

納【のう】

{教}{常}
【1】受け入れる

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[最終更新日:2006-12-11/JLogosid:705279180]
関連項目: ワンステップ ワンタッチ ワンダン 


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→無料版JLogos【納(のう)】

ベネッセ国語辞典 電子特別編集版

『福武国語辞典』を元に編集した電子特別編集版。日々の仕事・生活の中で使われる言葉や意味、用法が重要な現代語を中心に約6万語を収録。文章を書く際に役立つよう用例を多く掲載するなど使いやすさを追求した国語辞典。

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納富分村(近世)

 江戸期~明治22年の村名

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

納田郷【のうだごう】
(中世)鎌倉期からみえる郷名...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

納所村(近世)
 江戸期~明治22年の村名...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

納田郷(中世)
鎌倉期からみえる郷名鎌倉期は石見国美濃【みの】郡,戦国期には那賀【なか】郡のうち益田【ますだ】荘に属す建仁3年12月の「藤原(益田)兼季申文案」(益田家文書/鎌遺1418)に「益田庄内益田郷納田郷井村弥富名已上肆箇所」とみえるのが初見この地は「和名抄」にいう那賀郡三隅【みすみ】郷のうちであるが,平安末期益田荘の成立に伴って美濃郡の中に組み込まれたらしく,貞応2年3月の「石見国田数注文」(益田家文書/鎌遺3080)には,美濃郡の項に益田荘の一部として「なつた 廿三丁五反六十歩」とみえる中世における納田郷の伝領関係とこれに伴う領域・所属関係の変化は複雑である寛元4年11月3日付「鎌倉将軍藤原頼嗣下文」(吉川家文書/大日古9)によると,「益田庄内小弥富【こいやとみ】,寸津【すづ】浦,美磨博【みまさか】田壱町,庄久保【しようのくぼ】畠壱町地頭職」とあって,弥富名の一部があらたに小弥富として納田郷の中に組み込まれ,三隅氏(永安氏)の領有するところとなり,南北朝期には納田郷内小弥富・須津・美作【みまさか】・庄窪などの地頭職はいずれも吉川氏の手に帰した(正平19年4月16日付「足利直冬御教書」同前)ところが,室町期に入ると,かつて納田郷内小弥富と呼ばれていた地域は岡見村と呼ばれるようになり,納田郷内岡見村は益田氏の領有するところとなった応永23年6月14日付「吉川法秀経見自筆譲状」(同前)には「一所石見のくにますたのしやうの内すつ,ミまさか,のせうのくほうのちとうしき」とあって,すでに小弥富の名は見えず,また小弥富に関する他の史料も南北朝期をもって姿を消し,代わって永徳3年8月10日付「益田祥兼譲状」(益什9)以降納田郷内岡見村の名が現れる納田郷内岡見村は戦国期に納田郷から独立して岡見郷となり,かつての納田郷は岡見郷(西部)と納田郷(東部)とに分割され,ともに益田氏の支配下に置かれた永禄13年2月9日の「益田藤兼所領目録案」(益什34)には「納田郷付永安分除之吉川申談故也 藤兼代ヨリ知行」「岡見郷付永安分除之 吉川申談故也 藤兼代ヨリ知行」とあり,また天正19年9月25日の「益田領検地目録案」(同前)には「千弐百弐石四斗七升三合 三隅内納田」とみえる永禄13年文書にいう「永安分」とは室町期に吉川氏の所領としてみえた須津・美作・庄窪などのことであろうか一方,鎌倉期に美濃郡のうちとしてみえた納田郷は,元禄9年12月27日付「益田又兵衛知行付立」(益田家文書/益田市誌上巻)では「那賀郡内納田郷」「那賀郡内納田郷木束郷,同岡見村」とみえ,再び那賀郡に属しているおそらく納田郷の再編成によって,かつての納田郷が岡見郷と納田郷とに分割された戦国期にこうした変化が生じたのであろう...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

納富分【のうどみぶん】
鹿島川支流中川の扇状地に位置する...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

納豆【なっとう】
よく外国人が苦手とする日本食に挙げられる納豆...

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出典:東京書籍「雑学大全2」

納沙布岬【のさっぷみさき】
「のしゃっぷ」岬ともいう...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

納所村(近世)
 江戸期~明治22年の村名...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

納村(近世)
 江戸期~明治22年の村名...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」

納島【のうしま】
五島列島の北,小値賀(おぢか)島の北方に浮かぶ納島の全域...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

納屋町【なやまち】
(近世~近代)江戸期~昭和56年の町名...

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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典」

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