ケータイ辞書JLogosロゴ 内摩部郷(中世)


青森県>青森市

 南北朝期に見える郷名。外浜のうち。「諏訪大明神絵詞」に「外ノ浜内末部西浜折曽関等ノ城墎ヲ構テ相争フ」と見え,鎌倉末期,元亨2年からから嘉暦3年にかけての安藤(安東)氏一族の内乱である「津軽大乱」で五郎三郎季久,又太郎季長の従兄弟同士が内末部と折曽関に城郭を築き争ったという(諏訪信仰史)。内末部は当地のことと思われる。建武2年3月10日の北畠顕家国宣に「外浜内摩部郷并未給村々泉田・湖方・中沢・真板・佐比内・中目等村,被宛行南部又次郎師行同一族等候」と見え,当郷が南部師行とその一族に充行われている(遠野南部文書/岩手県中世文書上)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7250295
最終更新日:2009-03-01




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