ケータイ辞書JLogosロゴ たなふ(中世)


青森県>むつ市

 鎌倉期から見える地名。糠部【ぬかのぶ】郡宇曽利郷のうち。正中2年9月11日の安藤宗季譲状に「たゝしうそりのかうのうち,たや・たなふ・あんとのうらをハ,によしとらこせん,いちこゆつりしやうをあたふるところなり」と見え,安藤(安東)宗季は宇曽利郷などの地頭代職を子息犬法師に譲渡したが,宇曽利郷のうち当地などは女子とら御前に一期分として譲渡した(新渡戸文書/岩手県中世文書上)。なお,「東北太平記」によれば建武元年南部師行は武田修理・赤星五郎の両人を北部の目代として配したといい,赤星氏は田名部館に拠ったという(みちのく双書2)。康正3年下北図によれば,当地付近に赤星太郎の名と居館が描かれている(同前)。また「新羅之記録」によれば,武田信広は享徳元年3月当地に来り,蠣崎を知行して後,伊駒政季と同心して8月28日松前に渡ったという(新北海道史7)。当地は康正年間の蠣崎の乱ののち根城南部氏の支配下に入った。「永禄日記」によれば,天正13年3月26日大浦(津軽)為信の攻撃により油川城は落城し,城主であった南部氏の家臣奥瀬善九郎は当地へ逃れたという(みちのく双書1)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7251465
最終更新日:2009-03-01




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