ケータイ辞書JLogosロゴ 中野沢村(近世)


青森県>むつ市

 江戸期〜明治22年の村名。北郡のうち。中沢村とも書く。盛岡藩領。田名部【たなぶ】通に属す。村高は,「正保郷村帳」38石余(田19石余・畑19石余),「貞享高辻帳」48石余,「邦内郷村志」44石余(うち畑8石余),「天保郷帳」「安政高辻帳」ともに48石余,「旧高旧領」44石余。「邦内郷村志」では,家数35,人数209,馬27,牛162,塩釜1。「本枝村付並位付」によれば,位付は下の下,家数30。享和2年の家数30(原始謾筆風土年表)。嘉永3年の「東奥沿海日誌」には,「人家二十軒斗。此村漁者のミ也」とある。明治元年弘前藩取締,以後黒羽藩取締,九戸県,八戸県,斗南【となみ】藩,斗南県,弘前県を経て,同4年青森県に所属。明治初年の戸数25,村況は「海岸平野の辺に住す,荒蕪の原多して水田少く且土地瘠て歳入少し,依て農隙には山業〈ヒノ木材を出す〉漁猟〈海鼠あり〉を専とし」とある(国誌)。同11年下北郡に属す。同12年の「共武政表」によれば,戸数25・人口186(男86・女100),牛73,学校1,物産は粟・大豆・蕎麦・煎海鼠・檜材・薪。同年中野沢小学が開校,開校時の児童数男13,教員数1(県教育史)。同22年田名部村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7251823
最終更新日:2009-03-01




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