ケータイ辞書JLogosロゴ 六川目(近世)


青森県>三戸市

 江戸末期〜明治22年の地名。北郡のうち。幕末期には高井沢といった。はじめ百石【ももいし】村の枝村,明治13年からは三沢村の枝村。盛岡藩領。五戸通に属す。「邦内郷村志」「本枝村付並位付」では百石村の枝村のうちに当地名は見えず,幕末期の木崎野牧絵図(十和田湖町教育委員会蔵)には高居沢として当集落が記され,明治7年「陸奥国村名付簿」や明治初年の「国誌」には百石村の支村の1つとして名が見える。当地沿岸での漁業は江戸後期以降に盛んになったといわれるから,集落の形成は江戸後期〜幕末期のことと推測される。幕末期の木崎野牧絵図によれば,当地内には高居沢が見え,「高居沢せきより玄馬蔵下道」28町20間とあり,高居沢セキの水源である木戸場谷地が記されている(同前)。明治2年七戸藩領。同4年七戸県,弘前県を経て,青森県に所属。同11年上北郡に属す。明治初年の「国誌」によれば,百石村の支村とあり,本村の北4里28丁に位置し,家数8。八戸・市川付近から当地へ曳子が傭で来住したと伝える。明治16年の戸籍表綴では戸数23・人員108,当時はタボシ・マルタ様・三本木納屋・ハジボシ(野辺地の野坂)・カシチヤジの5か統の網元があった(六川目小学校記念誌)。同17年三沢小学六川目分校(現職笠小学校)が児童男11・女3,教員1で開校(県教育史)。同22年三沢村三沢の通称地名となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7252527
最終更新日:2009-03-01




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