ケータイ辞書JLogosロゴ 梶賀村(近世)


宮城県>角田市

 江戸期〜明治22年の村名。伊具郡西根のうち。一門石川氏の給地。村高は「元禄郷帳」で524石余,「天保郷帳」では795石余。「安永風土記」によると村高は田代60貫余・畑代19貫余で計79貫余。人頭は寛永検地の竿答百姓10人から30人となる。家数30・人数221・馬数41。産物はウリ。神社は村鎮守の仁和多理社。村内高畑に市神碑があり,この地は往古町場であり,市が開かれていたことによるという。用水は溜高5貫余の六反田堀,5貫余の蛭田堀,20貫余の海道堀,8貫余の江中堀,6貫余の谷地堀,8貫余の一里塚,7貫余の土手堀より合わせて60貫余を引水している。明治元年新南部氏領,以後,白石【しろいし】県・角田【かくだ】県・仙台県・宮城県・磐前【いわさき】県を経て,同9年宮城県に所属。同22年伊具郡桜村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7255859
最終更新日:2009-03-01




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