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宮城県>高清水町

 江戸期〜明治22年の村名。栗原郡のうち。もと亘理氏の知行地であったが,宝暦7年に宮崎村より石母田氏が転封,要害拝領地として高清水をはじめ,栗原郡3か村,胆沢郡4か村,遠田郡2か村,加美郡1か村の計11か村,5,000石を領し,当村に在住した。「元禄郷帳」の村高は1,749石余,「天保郷帳」では2,470石余。当村は奥州街道の宿駅で,村内中央部を奥州街道が南北に走り,街道沿いに南から本町・中町・新町,ほかに足軽小人町の坂町・下町・台町があった。本町は町並み1丁43間,屋敷28軒,市日4・19両日。中町は1丁38間,屋敷30軒,市日9・24両日。新町は1丁53間,屋敷31軒,市日14・29両日。また,石母田氏の家中侍屋敷が189軒・足軽小人屋敷96軒,計285軒を数えた。なお,文久3年,鎌田・沼倉・狩野の3氏が願い出て,毎年1月・3月・9月の3回,牟良坂喜神社の祭礼にちなんで互市【たがいち】が開かれたが,この互市は現在も続いている。明治元年当村は宇都宮藩預り地となり,本拠が石母田氏の屋敷に置かれた。その後,栗原県・桃生【ものう】県・胆沢県・登米【とめ】県・一関県・水沢県・磐井【いわい】県を経て,明治9年宮城県に所属。同7年郵便取扱所開設,同12年高清水・小山田・山田・清滝4か村連合戸長役場を当村に設置。同16年・37年の両度にわたって築館〜高清水間の国道を改修。明治22年の町村制施行により栗原郡高清水村となり,その後も単独村として存続。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7256723
最終更新日:2009-03-01




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