ケータイ辞書JLogosロゴ 泊浜(近世)


宮城県>牡鹿町

 江戸期〜明治22年の村名。牡鹿郡遠嶋十八成【くくなり】組大肝煎扱のうち。江戸期を通して藩蔵入地。元禄期の村の状況は「牡鹿郡万御改書上」によれば,村高3石余(元禄郷帳では0.24石),海上高29石余,人頭18,人数236(うち男151・女85)。十八成浜陽山寺支配の庵1か所があった。肝煎長右衛門。泊浜在家東西1丁15間,南北18間。「封内風土記」によると戸口64,神社は神明宮・山王社。「天保郷帳」の村高は6石余。明治8年泊浜の廃寺を校舎に当てて小学校開校,同19年寄磯小学校の分教場となり,同年小学校簡易科となる。明治元年高崎藩取締地,以後,桃生【ものう】県・石巻県・登米【とめ】県・仙台県を経て,同5年宮城県に所属。同22年牡鹿郡大原村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7256918
最終更新日:2009-03-01




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