ケータイ辞書JLogosロゴ 藤田村(近世)


宮城県>角田市

 江戸期〜明治22年の村名。伊具郡東根のうち。在所拝領松前氏の知行地。松前氏は1,700石,侍屋敷46・足軽屋敷33軒を拝領し,代々大番頭・奉行職を勤めた。特に6代修広は大番頭・奉行・国老を歴任し,明和4年には関東諸川修理の総奉行となり,時服銀子を下賜されている。村高は1,154石余(元禄郷帳),のち1,486石余(天保郷帳)となる。「封内風土記」の戸口149軒。神社は諏訪神社など8社,仏閣は観音堂・弁財天堂・薬師堂。寺は天台宗医王山藤田寺・曹洞宗月宮山喜松院・真言宗勝野山空山寺(封内風土記・伊具郡誌)。明治元年新南部氏領,以後,白石【しろいし】県・角田【かくだ】県・仙台県・宮城県・磐前【いわさき】県を経て,同9年宮城県に所属。明治6年坂津田小学校藤田支校開校,同13年独立し藤田小学校と改称。同22年伊具郡藤尾村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7257421
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ