ケータイ辞書JLogosロゴ 井内村(近世)


秋田県>井川町

 江戸期〜明治22年の村名。秋田郡のうち。秋田藩領。「正保国絵図」「元禄7郡絵図」ともに304石と図示。「享保黒印高帳」では村高347石余・当高374石余(うち本田280・本田並53・新田41),「寛政村附帳」で当高207石余(ほとんど給分)と認定。山間村のため打直し検地が実施されたらしい。「天保郷帳」374石余。枝郷に小田野沢【おだのさわ】村を擁し,戸数は「享保郡邑記」で65軒(うち枝郷分2),「秋田風土記」で40軒。大久保・虻川【あぶかわ】2か村を格(隔)年親郷に持つ寄郷である。山林資源に恵まれ,「山奥三里,檜三万余あり,又杉多し,薪・野菜・莚等を産す」(秋田風土記)という。当村の山林の大部分が御留山に指定(巡山日記)。山林管理のために,南北の上虻川から当村を通り,馬場目【ばばめ】村水沢に通ずる山道が利用された。村鎮守は白旗神社。ほかに観音堂や行い滝【おこないだき】神社がある。江戸後期まで真言宗智山派高福寺(久保田町一乗院末寺)が存立。明治11年南秋田郡の村として浜井川村を戸長役場とする13か村と連合。同22年南秋田郡上井河【かみいかわ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7258214
最終更新日:2009-03-01




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