ケータイ辞書JLogosロゴ 大館村(近世)


秋田県>稲川町

 江戸期〜明治22年の村名。出羽国雄勝【おがち】郡のうち。秋田藩領。慶長8年の村高206石と推定される。「正保国絵図」には本田当高408石とある。しかしその後川連村の枝郷扱いとなり,「元禄7郡絵図」にも「川連村ノ内大館村」と記載。その後享保16年に再び分離独立し,親郷稲庭村の寄郷となり幕末に至る。「享保黒印高帳」では村高233石余・当高252石余(うち本田223・本田並27・新田2)とある。川連漆器生産の発祥地であり,以後現在までその中心的位置を占める。戸数は「享保郡邑記」で55軒,「秋田風土記」で93軒・493人とあり,その3分の2が漆器生産に従事。農業用水は五ケ村堰に頼る。「寛政村附帳」の当高477石余(うち蔵分59・給分418),「天保郷帳」では523石余。村鎮守は八坂神社,その他日吉社・古四王社,修験川連山妙音寺(明治5年廃寺)がある。明治9年新検改租対象地は田50町・畑13町・山林原野44町歩余(明治18年郡村誌)。明治11年の戸数171・人口890(うち漆器工業戸数82・従業者100人,養蚕兼業農家70戸)・馬15・牛1。同22年雄勝郡川連村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7258506
最終更新日:2009-03-01




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