ケータイ辞書JLogosロゴ 大湯村(中世)


秋田県>鹿角市

 戦国期に見える村名。陸奥国鹿角【かづの】郡のうち。「鹿角由来記」に,「大湯村,大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門,二男治郎左衛門,三男彦左衛門。右四郎左衛門天正十九年の九戸へ一味仕り,生捕られ,九戸と一処に三迫にて切腹。治郎左衛門・彦左衛門は津軽へ落行,後に次(治)郎左衛門召出され知行二百石拝領す。彦左衛門は津軽に奉公す。大湯村,後には大湯五兵衛領知」とある(南部叢書)。「奥々風土記」に大湯五兵衛の天正年中の居城という古城跡大湯城の記録があり,「鹿角志」に「大湯五兵衛は,南部の一門毛馬内靫負が従弟也,大湯・小坂にて知行二千石領するなり」と見える。中世の奈良一族が九戸の乱によって勢力を縮小し,さらに南部一族大湯氏に領主の交代した様子がうかがえる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7258583
最終更新日:2009-03-01




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