ケータイ辞書JLogosロゴ 金沢村(近世)


秋田県>合川町

江戸期の村名出羽国秋田郡のうち秋田藩領鷹巣【たかのす】盆地の南方に広がる大野台【おおのだい】台地の中央,蟹沢【かにさわ】川の上流部に位置する延宝2年まで肝煎設置以後は枝郷として幕末まで村名を継承した(工藤家文書など)肝煎は当村草分という山田家かとみられる中世に金鉱山採掘を中心にして発展し,最盛期には戸数70,真言宗寒相寺を開基,市も開かれたが,鉱山衰微とともに戸数が減少,寒相寺も寛永2年には上杉【かみすぎ】村に移転したという(町史)それでも寛文12年村高80石余・戸数38軒当時は秋田郡北比内の村に属し,大館給人黒沢氏らが当村内に給分を有した延宝2年南比内阿仁の上杉村の枝郷となり,宝永2年黒印御定書では上杉村の帳尻に,村高49石余・当高16石余(すべて新田)と記載さらに享保年間の郡村改めの際,新たに肝煎村として成立した八幡岱新田【はちまんだいしんでん】村の枝郷に編成替えとなり,幕末に至る「享保郡邑記」では12軒,「寛政郡邑記」ではわずか3軒と記載村鎮守は牛頭天王社現在は合川町大字上杉の小字金沢として地名をとどめる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7258817
最終更新日:2009-03-01




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