ケータイ辞書JLogosロゴ 木戸石村(中世)


秋田県>合川町

 戦国期に見える村名。はじめ陸奥国比内【ひない】郡のうち。秋田氏領となり,出羽国秋田郡に所属。天正19年正月17日豊臣秀吉が秋田実季の当知行を安堵した朱印状写に,「木戸石村・せり沢村」172石余と記載(秋田家文書)。これが中世で唯一の所見史料。並記された芹沢村を小阿仁地区の近世に継承された芹沢村に比定すると,上記石高のうち当村分は,慶長8年頃の両村村高から按分して95石前後と推定できる。慶長8年川井村検地帳に見るように,当村も畑がちの地であり,生計の多くは豊富な山林に拠ったと推定される。集落対岸部の山腹に杉館(椙館)という中世の城館址があり,2条の空濠と2つの郭状平坦面を持ち,東側に幅4〜6mの数段の腰郭が残る。館ノ沢から鉄滓が出土。付近に館ノ下・築館山の字地が現存。城館主は浅利家臣佐藤氏といわれ,初代豊後から3代又四郎左衛門まで居住し,秋田氏の勢力が当地方を把握するに及び,佐藤氏は館を下りて木戸石の集落に移ったと伝えられる(町史)。曹洞宗樹温寺は2代四郎左衛門が菩提寺として建立したという(秋田風土記)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7259062
最終更新日:2009-03-01




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