ケータイ辞書JLogosロゴ 左手子村(中世)


秋田県>雄和町

 戦国期に見える村名。出羽国豊島郡のうち。秋田氏領となり秋田郡内に編入。慶長6年3月10日秋田実季が一門の湊左馬丞に与えた知行宛行状に,「豊島庄之内佐床村」99石余とある(藩採集秋田湊家文書)。これが唯一の所見史料。南接の雄物川対岸部は由利【ゆり】郡大正寺【だいしようじ】郷,東接の淀【よど】川流域部は戸沢氏領の山本郡に属する。秋田領境の村であった。北方板沢の比丘尼【びくに】嶽に館址遺構があるが未調査。清水下の寺屋敷の地には,天正6年頃日尾山左王寺という寺院が存在したと伝える(日吉山王宮縁起/町史)。山麓の大沼・小沼も中世末期には構築され,当村の用水源となっていたという。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7259402
最終更新日:2009-03-01




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