ケータイ辞書JLogosロゴ 柴内村(近世)


秋田県>鹿角市

 江戸期〜明治22年の村名。鹿角郡毛馬内【けまない】通のうち。南部藩領。「邦内郷村志」や「奥々風土記」によると,蔵入高248石余・給分采地1,224石余,馬97,戸数146(うち枝郷に当たる小深沢・狐平・折ケ内【まけうち】分12)。曹洞宗祝融山万松寺は越後国村上霊樹山耕雲寺末寺,南部利直の真筆絵像1幅があり,寺領17石余。羽黒新山権現社は,別当修験大蔵院で,元和2年6月南部利直寄付の社領8石余。この羽黒新山社は寛正年中に安保氏が出羽国羽黒山から勧請したものという。ほかにも安保氏のまつった大清水観音堂,慶長元年に創祀という虚空蔵堂,本尊は行基の作と伝える不動堂があった。不動堂は,岩屋山福昌寺不動院という名で,天台宗の盛岡愛宕山法輪院末であった。「天保郷帳」では1,332石。地租改正時,まず乳牛【ちうし】村を合併したのち,明治9年高市【たかいち】・上台【わだい】・鶴田【つるだ】3か村を合併。郡区町村制下に平元【ひらもと】村と連合。戸長役場は柴内村に置く。同22年鹿角郡柴平【しばひら】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7259489
最終更新日:2009-03-01




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