ケータイ辞書JLogosロゴ 大門村(近世)


秋田県>稲川町

 江戸期〜明治22年の村名。雄勝郡のうち。秋田藩領。当初は久保田給人梅津氏の知行地。梅津半右衛門憲忠は慶長20年後藤理左衛門宛て,寛永2年中村八助宛てに,大門村開発の指紙を下している(茂木家文書)。村高が小さく,「正保国絵図」段階では八面【やつおもて】村の枝郷扱い,その後は東福寺村の枝郷扱いであった。五ケ村堰改修とともに開発が進み,万治3年に東福寺村より独立。「元禄7郡絵図」では大門新田村82石と記載。享保年間以後に新田の字を削り,親郷稲庭村の寄郷大門村となる。同年村鎮守八幡社を建立。「享保黒印高帳」では村高83石余・当高76石余(うち本田53・本田並10・新田13),「寛政村附帳」の当高78石余(ほとんど給分),「天保郷帳」では76石余。戸数は「享保郡邑記」で16,「秋田風土記」は15である。明治9年新検改租対象地は田21町・畑3町・原野1町歩余(明治18年郡村誌)。同11年村制復活。船橋の人家を役場とする。戸数25(農業24戸のうち養蚕兼業20戸)・人口121・馬6。同22年雄勝郡駒形村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7259813
最終更新日:2009-03-01




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