ケータイ辞書JLogosロゴ 土淵村(近世)


秋田県>山内村

 江戸期〜明治22年の村名。出羽国平鹿【ひらか】郡のうち。秋田藩領。「正保国絵図」「元禄7郡絵図」ともに212石の村として図示。「宝永2年黒印高帳」では当高270石余。土淵村は皿木・茂竹【しげたけ】・根子【ねつこ】・小田【こた】・下【した】・虫内沢・板井沢・岩瀬・二瀬【にぜ】・内淵【ないぶち】・平石の11か村の総称であり,村全体が横手町を親郷とする寄郷山内【さんない】村の枝郷である。しかし実際は黒印村として寄郷扱いを受ける。山内9か村の肝煎役所が当村の皿木村内に置かれ,弘化3年火災で当村内岩瀬村に移る(郷土資料)。陸奥国和賀郡より移住した小田島家が享保期頃まで肝煎を勤めた。「享保黒印高帳」では村高294石余・当高283石余(うち本田188・本田並66・新田27),「寛政村附帳」で当高260石余(うち蔵分189・給分71)と認定。戸数は「享保郡邑記」で100軒,「秋田風土記」で91軒。「雪の出羽路」では574人と記し,ダイコン・ゴボウ・ニンジン・イモノコ等の野菜作りが盛んで,横手の朝市がにぎわい,ほかにタバコ・藍作りも盛んだったという。板井沢の杉林は,寛政10年より藩の御直山に指定され植林が行われている(土淵村板井沢若林山郷林帳之覚)。鎮守は皿木の熊野社。「天保郷帳」は283石余。「明治4年御物成皆済目録」では277石余。明治7年山内学校を開校。同22年平鹿郡山内村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7260032
最終更新日:2009-03-01




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