ケータイ辞書JLogosロゴ 八田大倉村(近世)


秋田県>井川町

 江戸期〜明治22年の村名。出羽国秋田郡のうち。秋田藩領。中世末期の八田村・川原村・深持【ふかもち】村などを合わせて近世村落を編成。「正保国絵図」では大倉村279石と図示。寛文年間頃村名を改称し,八田大蔵村となり(秋田領変地目録),「元禄7郡絵図」でも279石余と図示。「享保黒印高帳」では村高314石余・当高296石余(うち本田276・本田並12・新田8),「寛政村附帳」で当高293石余(うち蔵分6・給分287)と認定。「天保郷帳」は296石余。枝郷に川原・長面【ながおもて】・富ケ田【ふかだ】・高【たか】の4か村を擁し,戸数は「享保郡邑記」で33軒(うち枝郷分20),「秋田風土記」で35軒。大久保・虻川【あぶかわ】2か村を格(隔)年親郷とする寄郷である。村鎮守は八幡社。修験八幡山不動院が八幡社の別当兼帯。明治7年当村内に8か村連合の井河学校開校。同11年南秋田郡の村として浜井川村を戸長役場とする13か村と連合。同22年南秋田郡上井河【かみいかわ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7260650
最終更新日:2009-03-01




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