ケータイ辞書JLogosロゴ 吉田村(近世)


秋田県>阿仁町

 江戸期〜明治22年の村名。出羽国秋田郡阿仁小猿部【おさるべ】のうち。秋田藩領。元禄7年の検地。村高は「正保国絵図」では風張村として本田当高180石余。その後元禄7年に吉田村と改称。「享保黒印高帳」村高197石余・当高162石余(うち本田151・新田11),「寛政村附帳」当高174石余(うち蔵分174),「天保郷帳」162石余。享保期の家数は30軒,寛政期に34軒とあまり変化はない。天保12年吉田堤,同14年阿仁川の水利を図っての開田などに力が注がれた(斧松翁伝記)。枝郷には折渡【おりわたり】(織渡)村があり,湯口内・長之町両村も支村であったようである(寛政村附帳など)。阿仁銀山の麓村としてすべて蔵入地にされ,文化年間木山方の管轄となり,銅山の留木薪炭の供給地であった。鎮守は八幡。明治9年折渡村は分離,吉田村(現上小阿仁村)に属す。明治初期水無村ほか4か村と連合。明治22年北秋田郡阿仁銅山村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7261463
最終更新日:2009-03-01




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