ケータイ辞書JLogosロゴ 岩清水村(近世)


山形県>戸沢村

 江戸期〜明治8年の村名。最上郡のうち。新庄藩領。古口郷に属す。村高は「新田本新庄領村鑑」では正保3年・元禄13年ともに266石余,「天保郷帳」でも変わらず。「旧高旧領」では778石余。また「吉村本新庄領村鑑」には年代は不明であるが蔵岡村から分村と見え,「天保郷帳」では蔵岡村枝郷と見える。当村はもと升形村(現新庄市大字升形)の柴山で,藤岡村百姓久三郎が開発したという。また正念寺伝によれば山科三河という武士が岩清水の開墾に着手したといい,八幡神社に正徳3年の山科三河頌徳碑がある(戸沢村史)。岩清水から金打坊一帯は荒津沢百姓といわれ,嘉右衛門が開田したと伝えられる。その後河道変遷により荒廃し,嘉右衛門堰の堰形が残っている。「吉村本新庄領村鑑」によれば,当村の反別は明和3年・文化元年ともに47町余うち田方34町余,年貢高は明和3年900俵余うち田方814俵余,文化元年893俵余うち田方807俵余,家数・人数は寛政6年36軒・152,文化9年29軒・146,文化9年の馬24。寺院は,寺領50石を有する浄土宗仏光山正念寺がある。神社は,八幡神社,鎌倉期に荒津某が建立したという荒津沢不動尊がある。明治8年蔵岡村に合併。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7261878
最終更新日:2009-03-01




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