ケータイ辞書JLogosロゴ 角川村(近代)


山形県>戸沢村

 明治25年〜昭和30年の最上郡の自治体名。明治25年古口村より分離して成立。大字はなし。当村は無医村で,集落が散在するため医療は困難をきわめた。そのため明治41年角川村本郷衛生組合を結成し,その後大正10年村医兼校医を迎え,同15年角川診療所を設け,昭和11年には角川村保健組合を結成。同年8月に国民健康保健組合に改組し,昭和13年その設立認可第1号となった。台地状の山地のうち三ツ沢・西山・上野台【うわのだい】・寺台などに牧野があり馬産が行われた。明治37年種付頭数53で最上郡全体369の14%を占めた(戸沢村史)。本郷から東沢を経て大蔵村の清水・肘折に至る道は大正期〜昭和初期にかけて山林資源開発のため木炭の搬出路になった。また本郷には大蔵鉱山の鉱石を積みおろす中継所があった。角川学校は明治27年本郷に移転され,同39年に設置された片倉分校は昭和22年上沢分校となった。明治42年の戸数165・人口1,972。世帯・人口は,大正9年306・2,226,昭和10年330・2,237,同25年393・2,647。昭和30年古口村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7263766
最終更新日:2009-03-01




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