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- 宮町(近世~近代)とは
「宮町(近世~近代)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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![]() | 宮町(近世~近代) 江戸期~現在の町名・大字名江戸期は美濃国安八【あんぱち】郡,大垣城下町の1つもとは宮村・室村のうちであったが,市街地となり大垣城下町に併合された城下町西北部の町屋地坪は貞享2年に2,880軒寛政12年の家数80軒(寺院1),天保13年の家数69軒・人数237人真宗大谷派浄専寺があり,同寺は延徳3年祐雲が大尻地内に創建慶長年間に本町,寛永年間に高橋町,承応年間に新町と移り,享保12年当地に移建(新修大垣市史)明治6年からは大垣宮町と称し,同22年からは大垣町の大字,大正7年からは大垣市の町名となる明治4年の戸数46同33年は41昭和51年一部が桐ケ崎町・室町・見取【みどり】町1~4丁目となり,同時に見取町3~4丁目,室村町6丁目・桐ケ崎町の各一部を編入,現行の宮町1~2丁目となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 宮町(近世~近代) 江戸期~現在の町名江戸期は丹波国船井郡園部村のうち園部城下の1町園部川左岸に位置する針貫門より札ノ辻まで2町35間の地域安永8年家別間口改帳によると家数64弘化年間から廃藩時まで児童数20~30人の寺子屋が松本嘉六宅で開かれている(船井郡誌)明治21年の戸数106(市町村合併史)同22年園部町の町名となり現在に至る... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 宮町(近世~近代) 天正年間~昭和39年の町名坂田郡長浜町のうち豊臣秀吉の長浜城下造営により成立町名の由来は八幡神社の門前につづく町であることによる明治5年滋賀県に所属同12年宮村・南裏・北裏の3か所を合併,長浜町宮町となる人口は大正4年284,昭和10年267昭和18年長浜市宮町となり,同39年現行の大宮町の一部となる... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」