ケータイ辞書JLogosロゴ 門田(中世)


山形県>山形市

 南北朝期から見える地名。大曽禰荘のうち。貞治3年9月11日の沙弥真季打渡状(相馬文書/県史15上)に「出羽国下大山庄内漆山郷,大曽根庄内門田・飯沢・前明石之事,八月十七日任御教書之(旨脱カ),大泉下野守相友(共カ),相馬讃岐守代下地渡付候畢」とあるのが初見。これによれば,沙弥真季は御教書の旨にまかせて,門田などの下地を大泉下野守とともに相馬胤頼の代官に打ち渡している。また天正2年の「伊達輝宗日記」(伊達家文書/県史15上)にも「(五月)十二日,長崎昨日十一日罷出候とのとうらい,同もんてんきん所,七松と申処おしちらし候」とあり,当地近隣の七松で戦闘があったことを記している。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265059
最終更新日:2009-03-01




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