ケータイ辞書JLogosロゴ 青木村(近世)


福島県>会津坂下町

 江戸期〜明治22年の村名。河沼郡のうち。会津藩領。青津組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では稲川郡に属し251石余,寛文9年935石余,文化15年の村日記(県史10下)では940石余,「天保郷帳」884石余,「旧高旧領」968石余。かつては会津と越後を結ぶ街道沿いにあり,市も開かれていた。しかし慶長16年の会津大地震の際,山崎村(現喜多方市)付近の山崩れによって阿賀川が閉塞してできた山崎新湖に村が水没し,寛永10年同様に水没した勝木沢村の村民とともに26人で青木村を再興したと伝える。地震のために越後街道が南方の坂下村に移され,市も坂下村に移って村勢がおとろえ,生活に困った者は軽井沢銀山へ移住したという。端村舟場には家が5軒あり,その北の日橋川(阿賀川)には渡船場があった。この渡しは坂下村から小荒井村(現喜多方市)を経て米沢に至る米沢街道である。化政期の家数76軒(新編会津)。鎮守は神明神社。産物は米・藍・菜種など。明治4年の戸数76・人口404。同8年東河原村を合併。若松県を経て明治9年福島県に所属。青木木綿を産する。同20年の戸数93・人口534。明治12年河沼郡に属し,同22年広瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265376
最終更新日:2009-03-01




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