ケータイ辞書JLogosロゴ 赤井村(近世)


福島県>会津若松市

 江戸期〜明治22年の村名。会津郡のうち,会津藩領。原組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では375石余,文化15年の村日記では1,333石余(県史10下),「天保郷帳」1,385石余,「旧高旧領」1,372石余。小名に下窪新田・廻戸新田,端村に桂沢新田がある。化政期の家数は本村54軒・下窪新田4軒・廻戸新田5軒・桂沢新田12軒(新編会津)。慶長年間糠塚【ぬかづか】に新田を開発し足軽を置いたが,間もなく若松に移した。当村は白川街道の宿駅であった。当村には堤(溜池)が7つあり,大沢堤は寛永5年,後庵堤は明暦2年,平下【ひらした】堤は寛文9年,桂沢新田の堤は延宝4年に築かれた。神社は荒脛巾神社,寺院は真言宗円福寺。若松県を経て明治9年福島県に所属。戸数・人口は明治4年70・461(若松県人員録),同20年93・674。明治8年笹山村と原新田村を合併。明治12年北会津郡に属し,同22年湊村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265394
最終更新日:2009-03-01




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