ケータイ辞書JLogosロゴ 赤井丁(近世〜近代)


福島県>会津若松市

江戸期〜昭和40年の町名赤井町とも書いた明治初年から明治22年までは若松を冠称江戸期は若松城下郭外北部のうち明治初年若松,同22年若松町,同32年若松市,昭和30年からは会津若松市の町名下町に属し,諏訪四谷の北に並ぶ町名は蘆名盛氏の臣赤井因幡【いなば】が郎等とともに住んだことに由来するという長3町14間余化政期の家数48軒・窪内23軒(新編会津)町の北に時宗西光寺があり,境内を窪内【くぼのうち】と称し窪寺とも称された境内には地蔵堂・熊野宮があった主に商人が居住した(同前)明治8年の戸数42・人口176(若松県地誌資料)昭和40年現行の日新町・本町となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265400
最終更新日:2009-03-01




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