ケータイ辞書JLogosロゴ 赤星村(近世)


福島県>塩川町

 江戸期〜明治8年の村名。耶麻郡のうち。会津藩領。慶徳組に属す。江戸初期には赤伏村と称し,寛文年間に赤星村に改めた(新編会津)。村高は,文化15年の村日記(県史10下)で431石余,「天保郷帳」451石余,「旧高旧領」454石余。寛文年間の会津風土記(会津風土記風俗帳1)に端村として赤沢・七壇・河原が記載されている。しばしば水害にあったため,延宝年間に端村七壇とともに端村赤沢の地に移り,1集落を成した(新編会津)。神社は熊野宮・八幡宮。寺院は曹洞宗竹林山松泉寺。同寺は寛永元年曹洞宗の僧麟察の再興。化政期の家数27軒,端村向河原5軒(新編会津)。明治8年大沢村と合併して会知村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265440
最終更新日:2009-03-01




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