ケータイ辞書JLogosロゴ 明戸村(近世)


福島県>猪苗代町

江戸期〜明治8年の村名会津地方東部,長瀬川東岸に位置する耶麻【やま】郡のうち古くは月輪荘に属したという会津藩領川東組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では猪苗代郡に属し119石余,享保3年186石余(小林家文書),文化15年の村日記(県史10下)では155石余,「天保郷帳」167石余,「旧高旧領」180石余昔は悪戸と称し寛文年間に明戸に改めたという(新編会津)常に長瀬川の氾濫に悩まされた地域である享保3年の家数19軒・人数97,馬12,文化3年の家数10軒・人数47,馬5(小林家文書)化政期の家数10軒(新編会津)慶応4年の産物は牛蒡(猪苗代町郷土誌稿)肝煎は佐藤家鎮守は三宝荒神社明治元年10月の村役人排斥の一揆で休役となった旧肝煎は,12月に帰役願を民政役所へ提出した(小林家文書)明治8年内野村ほか2か村と合併して八幡村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265459
最終更新日:2009-03-01




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