ケータイ辞書JLogosロゴ 朝立村(近世)


福島県>会津坂下町

 江戸期〜明治8年の村名。河沼郡のうち。古くは柳津郷に属したという。会津藩領。牛沢組中に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では稲川郡に属し90石余,寛文5年の万改帳では127石余,文化15年の村日記(県史10下)では241石余,「天保郷帳」243石余,「旧高旧領」250石余。寛文5年の万改帳では家数13軒・竈15・人数90,反別は田1町6反余・畑14町2反余,主な産物は米・麦・タバコ・蕎麦・豆・粟・黍・麻・油荏・胡麻など,小物成として綿役・糠藁・足前・山役・松葉サライなど,ほかに役漆木782本余・役蝋16貫433匁(会津風土記風俗帳1)。化政期の家数25軒(新編会津)。明暦年間に大蔵沢堤,元禄年間に紙漉沢堤が築構された。寺院は新義真言宗豊山派最勝寺,同寺は元禄8年慶徳組松野村から移したといい(新編会津),境内に子安観音堂がある。神社は若宮八幡宮。明治8年和泉村・大沢村・平井村と合併して坂本村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265488
最終更新日:2009-03-01




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