ケータイ辞書JLogosロゴ 天井沢村(近世)


福島県>喜多方市

江戸期〜明治8年の村名会津地方北部,押切川東岸に位置する耶麻【やま】郡のうち古くは岩崎荘に属したという会津藩領小田付組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では706石余,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」では616石余,「旧高旧領」648石余「新編会津」によれば,もとは天谷沢村と称したが,文禄3年天井沢村と改めたという端村に西村・木戸口・十方宮・大沢入がある寛文5年の村高606石余,家数30軒・竈34,人数は男93・女76(小田付組土地帳/会津風土記風俗帳1)化政期の家数は本村25軒・西村5軒・木戸口3軒・十方宮1軒・大沢入6軒(新編会津)十方宮・大沢入はもと上岩崎村の端村であったが,寛政年間に当村の端村となった端村西村には聖徳太子の堂があったので太子堂屋敷という字が残っている(新編会津)神社は住吉神社,寺院は曹洞宗天谷山能満寺ほかに虚空蔵堂がある明治8年下岩崎村・宮前村と合併して大都【おおつ】村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265526
最終更新日:2009-03-01




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