ケータイ辞書JLogosロゴ 新町(近世)


福島県>猪苗代町

江戸期〜明治8年の町名会津地方東部,磐梯山南麓に位置する耶麻【やま】郡のうち古くは更級荘に属したという会津藩領租税などの地方関係は川東組に属し,町政は町方に属したと思われる村高は,文化15年の村日記(県史10下)では862石余,「天保郷帳」748石余,「旧高旧領」では新町上分533石余・新町下分402石余当町の東側に九軒町,北側に堤町,南側に古【ふる】町があり,当町に属した享保3年の家数60軒・人数267,馬25,文化3年の家数43軒・人数172,馬20(小林家文書)化政期の家数63軒,九軒町10軒・堤町8軒・古町10軒(新編会津)本【もと】町とともに猪苗代城下の中心地で,3・8の六斎市が開かれ,川東組の郷頭も居住した猪苗代駅場で本町と半月交代で人馬継立業務をつとめ,若松方面へは大寺駅,福島方面へは酸川野駅,二本松方面へは都沢・関脇駅へ継立てた肝煎は古くは古川家,のち新町上が寿田家,新町下が奥田家寺院は新義真言宗豊山派西勝寺同寺は神宮寺の末寺と伝えられるまた境内の観音堂は猪苗代三十三観音第3番札所である慶応4年の産物は絹糸(猪苗代郷土誌稿)明治元年10月の村役人排斥の一揆で休役となった旧肝煎は,12月に帰役願を民政役所へ提出した(鈴木家文書)明治8年本町ほか1町3か村と合併して猪苗代町となり,新町上分の一部は西久保村ほか4か村と本町の一部と合併して磐根村となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265565
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ