ケータイ辞書JLogosロゴ 一之関(中世)


福島県>喜多方市

 戦国期から見える地名。耶麻【やま】郡のうち。天文14年正月吉日写の熊野宮相撲田楽日記案(新編会津所収文書/県史7)に「八番 なかむら一のせき……六月会相撲日記……十二番〈右いちのせき〉」とあるのが初見で,この頃新宮村熊野宮で行われていた田楽・六月会相撲に村の代表を送っていることが知られる。永禄10年10月9日の年紀銘を有する黒川(現会津若松市)諏訪神社上葺棟札(会津雑考/県史7)に見え,蘆名盛興が「一之関・井合御免許守護不入」を認めている。天正14年正月20日の諏訪神社領収納日記(諏訪神社神職諏訪近江家文書/県史7)に「一関年貢十三貫文……さけの数……一関へ四くミ」とあり,また近世初期のものと推定される諏訪神社祝分所領得分注文案(同前)に「きたかた一ノ関」と見え,戦国期には黒川(現会津若松市)諏訪神社の社領であったと思われる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265778
最終更新日:2009-03-01




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