ケータイ辞書JLogosロゴ 牛越村(中世)


福島県>原町市

 南北朝期から見える村名。行方【なめかた】郡のうち。建武年間と推定される相馬一族闕所地注進状(相馬文書/県史7)に「女子〈牛越村 三十貫文〉」とあり,鎌倉期には相馬胤村の女子の所領であった。建武2年以降相馬氏は相馬惣領家以下,相馬岡田氏・大悲山氏・武石氏などが北朝方に属した。観応2年10月9日の吉良貞家書下(同前)には「陸奥国行方郡内牛越村事……守先例,可致沙汰」とあり,相馬親胤は奥州管領によって当村の領地を安堵されている。正平6(観応2)年10月11日の相馬親胤宛ての陸奥国宣(同前)には「行方郡内於屋・大田・牛越・吉名四ケ村事,軍旅之間,為資粮之用足,可令知行給旨所候也」とあり,南朝方も恩賞を約して帰参を呼びかけているが,親胤は北朝方にとどまった。延文3年11月20日の相馬親胤譲状(同前)には「牛越村〈付山野〉」とあり,嫡子胤頼に譲与された。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265952
最終更新日:2009-03-01




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