ケータイ辞書JLogosロゴ 牛越村(近世)


福島県>原町市

 江戸期〜明治22年の村名。行方郡のうち。相馬中村藩領。中郷に属す。寛永16年大木戸村・押釜村を分村。村高は,明暦2年452石余(相馬藩政史),正徳元年の郷村高辻帳(県史9)では288石余,「天保郷帳」292石余,「旧高旧領」190石余。古来当時軒別増減による家数は,宝永年間47軒・天明3年21軒・嘉永元年9軒(県史9)。文久元年の家数16軒(うち給人郷士5・新家7)・人数88(奥相志/相馬市史4)。「奥相志」には「寛永16年田圃丈勘の時,牛越邑を割き押釜・大木戸を出して三邑と為すと云ふ。故に昔,野馬逐原を牛越原と曰ふ。今原野大木戸村に属す」とある。鎮守は雷神社で旧号は手長稲荷神社。当社は中郷総鎮守に指定され寛永年間頃から明治初年まで里神楽を毎年3回郷内各村から出し,社前に奉奏して五穀の豊作を祈願したという(奥相志)。寺院には,真言宗泉竜寺・曹洞宗好山院・日光院派修験法雲坊がある。磐前【いわさき】県を経て明治9年福島県に所属。戸数・人口は,明治13年18・131(県統計書),同20年18・149。明治12年行方郡に属し,同22年石神村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7265953
最終更新日:2009-03-01




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