ケータイ辞書JLogosロゴ 枝松村(近世)


福島県>下郷町

 江戸期〜明治22年の村名。会津郡のうち。古くは湯原郷に属した。はじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領。弥五島組に属す。文禄3年の蒲生高目録では松平とあり59石余。文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」「旧高旧領」では74石余。寛文5年の「弥五島組風土記」には寛永年間,「新編会津」では慶安元年枝松に改称したという。寛文5年の村高73石余・家数15軒・人数98,馬2,小物成として役漆50本,作物はヒエが多く,産業は養蚕・流木など。鶴沼川に臨むが北の大戸岳,南の二股山にはさまれ,急峻な場所にあり,南東の崖縁は蝉坂と称して名勝になっていた。神社は熊野宮。化政期の家数26軒(新編会津)。明治4年の戸数18・人口78。若松県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数16・人口94。明治12年南会津郡に属し,同22年二川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266037
最終更新日:2009-03-01




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