ケータイ辞書JLogosロゴ 大内宿(近世)


福島県>下郷町

江戸期の下野【しもつけ】街道(別称南山通り・中奥街道・会津西街道・日光街道・今市街道)の宿駅大内村のうち大内峠(900m)の南にある化政期の家数46軒(新編会津)継立は関山宿へ2里18町,市野宿へ2里4町,倉谷宿へ2里2町を送る(新編会津)文化元年の地誌御取調書上帳によると,大内〜倉谷間の正徳2年の駄賃は本馬49文,蔵敷料2文であった(大内宿)文政11年の人馬増費御手当金割帳によると,前年の会津藩主の通行に際し,2朱57文の下付があった(星家文書)元禄年間の書上帳には本陣1軒とある延享5年3月の村定書之事によると,荷送りは,問屋馬3・脇宿1で残る荷物は村貸とし,脇宿は,その日きりで運送し,配当を受けた者が他へ出るときは貸借によって,一切の置荷がないように定めており,円滑な輸送をはかっているしかし,問屋以外の荷送をする者が生じ,問屋の主張によると宿内48軒のうち8軒が,自由に荷物の受払を行うため,問屋は公用の継立のみで困窮し,やむをえず牛を買って駄賃稼をしているという(大内宿)
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266096
最終更新日:2009-03-01




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