ケータイ辞書JLogosロゴ 大窪村(近世)


福島県>下郷町

江戸期〜明治8年の村名会津地方南部,阿賀川(大川)東岸の山中に位置する会津郡のうち古くは古々布郷に属したはじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領松川組に属す村高は,元禄8年55石余,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」「旧高旧領」では51石余沢入村のさらに南西の沢の奥にあり,沢入村から大窪村を通り,小松川村に達する道がある元禄8年の耕地反別9町1反家数12軒・人数69,馬15化政期の家数7軒(新編会津)文久年間にいたり,一村窮乏の極に達し,住家も繕うことができず離村もやむなき状況になったとき,大川対岸弥五島村郷頭長沼常春は近隣の水門村・中妻村と,自村弥五島村民を督励し,1日に3軒の家屋を新築し(長さ9間・幅4間),離村寸前の悲境を救済したという(江川村郷土誌)神社は御霊神社明治4年の戸数3・人口13同8年沢入村・水門村と合併して澳田【いくた】村となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266128
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ