ケータイ辞書JLogosロゴ 大栗山村(近世)


福島県>金山町

 江戸期〜明治22年の村名。大沼郡のうち。古くは河口郷に属した。はじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領,大石組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では292石余。万治3年沼沢湖から用水堰を開削し30石余の新田開発を行ったと伝える。文化15年の村日記(県史10下)では331石余,「天保郷帳」331石余,「旧高旧領」338石余。化政期の家数は21軒(新編会津),天保13年の家数21軒(大石組人別家数書上帳)。神社は熊野宮・山神社。村内の毘沙門天堂は康安年間の創建で,木像毘沙門天は村首佐藤丹後が天永年間に入仏供養したという(会津鑑)。明治8年福沢入新田村と三更村を合併。若松県を経て明治9年福島県に所属。戸数・人口は明治8年24・113,明治20年40・243。明治12年大沼郡に属し,同22年沼沢村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266141
最終更新日:2009-03-01




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