ケータイ辞書JLogosロゴ 大橋村(近世)


福島県>南郷村

 江戸期〜明治22年の村名。会津郡のうち。古くは伊南郷に属した。はじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領。古町組に属す。村高は,慶長2年の高物成では167石余(会津若松史8),寛文6年の伊南郷村々改帳では195石余,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」「旧高旧領」では213石余。寛文6年の家数23・人数249,馬10(伊南郷村々改帳),天明8年42軒・人数193(御案内手鑑/馬場家文書),化政期の家数42軒(新編会津)。寛文6年の物産は養蚕6両・瀑布織20両・麻25両で小物成に役漆木3本・漆3勺・蝋63匁があった(伊南郷村々改帳)。蝋小屋があった。山野が広く,越後国津川に出す杉材を産出し,また麻の生産も多く江戸商いをする仲買の商人が数軒あった。元禄年間以降に在郷商人と上方江戸商人達の寄進で観音堂清水堂の仏像33体がつくられた。村東の伊南川は川幅20間余,一本橋で往来しており,2・3月は「雪水出歩渡なし」と記されている(伊南郷村々改帳)。若松県を経て明治9年福島県に所属。戸数・人口は明治8年31・160(若松県地誌資料),明治20年31・171。明治12年南会津郡に属し,同22年大宮村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266262
最終更新日:2009-03-01




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