ケータイ辞書JLogosロゴ 大和田村(近世)


福島県>河東町

 江戸期〜明治8年の村名。河沼郡のうち。会津藩領。代田組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では690石余,文化15年の村日記(県史10下)では519石余,「天保郷帳」548石余,「旧高旧領」526石余。小名に町和田がある。化政期の家数本村35軒・小名町和田7軒(新編会津)。大和田八幡宮は,天喜年間に源義家が石清水八幡をこの地に勧請して戦勝を祈願したという説と,建久年間佐原十郎左衛門義連が鎌倉の鶴ケ岡八幡宮を勧請したという説とがある。寺院は浄土宗宝勝(性)寺。天正17年蘆名・伊達両氏の戦いの際に焼失したが,その後再建され,本尊阿弥陀如来立像の脇侍勢至・観音菩薩像には,「宝暦五歳新仏造立」の墨書がある。明治4年の戸数・人口173(若松県人員録)。同8年鴨田・柏原・堂島の3新田村と合併して大田原村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266339
最終更新日:2009-03-01




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