ケータイ辞書JLogosロゴ 小川窪村(近世)


福島県>会津高田町

江戸期〜明治8年の村名会津地方中部,藤川川(小川)上流の扇状地の扇頂に位置する大沼郡のうち古くは尾岐郷に属したはじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領東尾岐組に属す村高は,寛政元年の「会津鑑」では172石余,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」「旧高旧領」では172石余村名は,当地に小川の流れの窪みがあることに由来するという化政期の家数37軒(新編会津)当村には東尾岐組の米を納める米倉がある(同前)当村は,越後から市野峠・大内経由で田島に向かう下野街道に沿い,漆蝋の乾燥場と集荷地で御用番所があった神社は八幡宮寺院は文禄年間僧蓮真の再興と伝える真言宗光福寺明治4年の戸数35・人口186(若松県人員録)同8年市野村・小川分と合併して市川村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266371
最終更新日:2009-03-01




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