ケータイ辞書JLogosロゴ 小手森(中世)


福島県>東和町

 戦国期から見える地名。安達【あだち】郡のうち。治家記録天正13年閏8月12日条に「小手森へ働セラルヘキ由仰出サル」と見え,伊達政宗は大内定綱の小浜城を攻める前提として小森城を攻め,同28日条に「小手森ヲ責落シ給ヒ,二百余人討捕リ,撫斬其数ヲ不知」とあり,27日の夕方本丸を落とし男女800人を皆殺しにしている。この小手森城は元来石橋氏の臣菊池氏の守る所であったが,石橋氏の重臣大内氏が石橋氏を滅亡させたのちは,大内氏の臣小形源五兵衛が城を守ったという(相生集)。その後,治家記録天正14年7月の此月下旬の条に「石川弾正ニ小手森ヲ加増シ玉フ」と見え,伊達政宗が石川弾正に宛行っている。しかし,石川弾正が相馬氏についたため,同16年閏5月政宗は再びこれを攻め落とした(治家記録)。同年閏5月12日の伊達政宗書状にも「今月十二日,向小手森,及調義,則責落,相馬警固之面々為始,五百余人討取候」と見えている(伊達家文書/県史7)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266480
最終更新日:2009-03-01




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