ケータイ辞書JLogosロゴ 嘉堂観村(近世)


福島県>猪苗代町

江戸期〜明治8年の村名下道観・下堂観とも書く会津地方北部,長瀬川西岸に位置する耶麻【やま】郡のうち古くは更級荘に属したという会津藩領川西組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では猪苗代郡に属し639石余,「天保郷帳」887石余,「旧高旧領」619石余小名打越は寛政2年越後国打越村からの移住によって開発され,江戸末期に分村して南土田村となる化政期の家数30軒,打越13軒(新編会津)肝煎は星家鎮守は二荒山神社寺院は新義真言宗豊山派安養寺同寺は鎌倉期以前猪苗代にいた神野顕元が建立した神野寺の末寺と伝えられ,本尊阿弥陀仏は春日作という(新編会津)また猪苗代三十三観音第19番札所で如意輪観音が安置されている明治元年10月の村役人排斥の一揆で休役となった旧肝煎は,12月に帰役願を民政役所へ提出した(小林家文書)明治8年南土田村・北高野村と合併して千代田村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266684
最終更新日:2009-03-01




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